沖永良部島とえらぶゆり

【第3回】ゆりの増産に伴うトラブルとその対策

昭和40年代、国内外ともに需要が高まるにつれ、ゆりの栽培熱が高まり新規参入者も増え、名実ともにゆりの島になっていきます。
一方、急激な増産に伴い品質の低下や病害の発生等新たな課題に直面していきます。
ゆりの球根生産で最も注意を払わなければならない点は、ウィルス病対策であります。
ゆりの種球は木子やリンペンで育てますが、従来のリンペンばら播き栽培ではウィルス病株の抜き取りが徹底できず、栽培ほ場で抜き取り率が高まり収益性を低下させると共に、出荷球にウィルス球の混入が多くなり取引先からクレームの対象となりました。
ゆりのウィルス病は球根では判別ができず、購入先の温室で正常な花が咲かない等の問題をおこします。

植物防疫官の検査風景

植物防疫官の検査風景

ゆり球根を輸出するには国の検疫を受けなければなりません。3月~4月、ゆりの栽培ほ場で植物防疫官による「輸出百合栽培地検査」を受け、合格したものでなければ販売できない仕組みとなっております。
然し、急激に生産拡大したゆり栽培は、種球の管理やウィルス株の抜き取りが徹底できず、栽培地検査に不合格となるほ場が増えていきました。
改善策として、鹿児島県農業試験場では優良種球生産の手法として、母系システムによるリンペン繁殖法を推進し、品質改善が図られていきました。

親子リンペン図

親子リンペン図

それは通常親子リンペンと呼ばれ、ウィルス病の識別のしやすい親球とリンペンを並べて植え、親株に病徴が生じていたらその子であるリンペンを全て抜き取ることで健全な種球を育てることができます。
併せて、ウィルス病伝染の媒体となるアブラムシの防除やほ場管理を徹底する。これにより優良系統で、品質の均一な種球を増殖することができる方法で、今でもゆりづくりの基本技術として定着しています。

親子リンペン

親子リンペン

その他、ネダニの発生や球根腐敗の発生等幾多の障害が発生しましたが、その都度関係機関の研究・指導により対策が講じられ克服してきました。
ゆりづくりは、優良種球の生産から病害虫の防除、ほ場の土づくり、排水対策、除草・肥培管理等細心の管理で美しい花を咲かせることができます。
また、消費者の嗜好にあった品種の育成も求められており、鹿児島県農業試験場が国のゆり育種指定試験として、本島に試験圃場を設置し新品種育成に取り組んでいます。
本島の農業生産額に占めるゆりの割合は高く、重要な経済作物として栽培され、種苗商社を通し国内の切り花農家や輸出品として販売されています。
次回は、ゆりの販売体制について記述します。

2015-06-01 | Posted in 沖永良部島とえらぶゆりComments Closed 

 

【第1回】沖永良部島とえらぶゆり

先田光演

和泊町歴史民俗資料館 先田 光演

 世界でも知られた花「えらぶゆり」

「えらぶゆり」はアメリカで命名されました。アメリカでは「エラブリリー」といいます。

色白く芳香を漂わせ、楚々と咲く花。
その白百合の姿は聖母マリアの高貴なお姿の様です。

明治30年代、この花を求めてヨーロッパ人が奄美大島に訪ねてきました。彼らは、アメリカにこのテッポウユリの球根を輸出し、復活祭の花として人気を博したといいます。

この沖永良部島にも1人のイギリス人がやってきました。その名をアイザック・バンディングといいます。
彼の乗った船が遭難してこの島に漂着し、村人に助けられたバンディングが、山野に咲くテッポウユリを発見して、この花の栽培をすすめたといわれています。
 あるいは、横浜でプラントハンターとして輸出商社を営んでいたバンディングは、テッポウユリを求めて沖永良部やってきたとも、考えられます。
 バンディングは故郷のイギリスに日本のユリを送って、華麗な庭園を築き、知名人を招待して楽しんだといいます。

沖永良部島は「花の島」です。「花の島」の歴史は「えらぶゆり」の歴史です。
沖永良部島産のテッポウユリは、明治時代から欧米諸国に輸出されてきました。

大正時代には、沖永良部のテッポウユリがアメリカでカタログ商品として知られるようになりました。カタログには次のように紹介されていたといいます。


「本社特選リリー “Erabu(エラブ)”」
過去25年間に、米国花卉市場で紹介されたものの中で最上の優良品種を、本社社員が沖永良部島にて発見。
この“Erabu(エラブ)”は丈夫で花の咲き振りもよく、素人にでも容易に栽培できます。


また、本種は復活祭用として、比較的寒い地方でも栽培できます。本種の包装には必ず日本政府の証明書が添付されていて、決して偽物ではありません。

世界広しといえども、アメリカで島の名からつけられた商品など、ほとんどないはずです。このように「えらぶゆり」は沖永良部の島を象徴した金になる花でした。

 

2015-03-26 | Posted in 沖永良部島とえらぶゆりComments Closed