えらぶゆり生産のあゆみ
【第9回】組織改革と品質改善への取り組み
沖永良部台風後、品質低下で国内外から信用を失墜したえらぶゆりは、バイオ技術によって品質改善が図られ、高い評価を得ることができました。
しかし、ゆりを取り巻く環境は一層厳しさを増していき、1985年9月のプラザ合意後、急激な円高が進み、輸出環境が一段と厳しくなり、商社側から需給バランスに基づく計画生産の徹底と販売体制の統一が求められました。
当時の永良部百合・フリージア生産出荷組合(以下「百合組合」とする。)は、組合員約1,000戸、生産数量約3000万球のうち、約2割が輸出用として栽培されていました。
メリクロン球の導入で、輸出用ジョージアの品質向上が図れたものの、コスト面でオランダ産との競争力が低下してきました。
オランダでは、ゆりの品種改良等を進め、昭和57年頃よりゆりの輸出国として、次々と新品種を開発しています。
その上冷凍貯蔵技術により、ほぼ1年間の長期貯蔵が可能になり、必要な時、必要な数量を供給できる体制を確立していました。
そのようなことから、これまで圧倒的優位にあったえらぶゆりのシェアが次第にオランダ産に置き変わり、えらぶ産ゆりの輸出需要が低迷してきました。
規格 | SS | S | M | L |
取引価格 | 9,100 | 9,600 | 8,850 | 6,300 |
規格 | SS | S | M | L |
ひのもと | 7,500 | 8,840 | 7,350 | 5,180 |
ジョージア | 6,570 | 6,930 | 6,400 | 4,550 |
※ゆりの取引価格は、ジョージア、ひのもと同一価格であったが、昭和62年、円高で輸出が厳しくなり、ジョージア価格を引き下げるとともに、ジョージア栽培ほ場の一律10%廃耕を実施しました。
百合組合では、長年の伝統産地を守るため、コスト削減や計画生産、販売体制並びに組織改革について協議が行われました。
計画生産並びにクレーム処理、ゆり切り花の抑制、事務局の一本化について、実に20余回に及ぶ会合が持たれています。
特に、新品目として成長しつつあった切り花は、ゆり以外の品目を推奨し、極力ゆりの切り花を抑制して、ゆり球根の需要拡大に努めました。
最大の課題となった事務局の一本化は、知名支部を廃止して指導、販売体制を集約する組織改革を行い、組合員一丸となってこの難問克服に取り組みました。
併せて、品質面では、輸出用のジョージア種から始めたメリクロン球を、国内用の「ひのもと」種に切り替え、国内需要の増大に取り組みました。
鹿児島県でもフラワーセンターを開設して、ゆりのメリクロン球増殖に取り組み、無病球の供給で本島の伝統あるえらぶゆりの品質改善を支援しました。
ゆりの品質向上の救世主として導入されたメリクロン球を、安価で大量増殖する体制を整えるため、昭和61年度生物系特定産業技術研究推進機構の出資を受け、沖永良部球根バイオ研究所を設立しました。
次回はその経緯について記述します。
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